1960年代後半の米国で、企業は積極的に社会に貢献すべきという社会的責任積極論が提唱され、企業の持続的な成長を目指すCSR(企業の社会的責任)が提唱されます。
1997年に英国のサスティナビリティ社の代表ジョン・エルキントン氏が、著書“Cannibals With Forks”で「トリプル・ボトムライン」の考え方を提示しました。これは、経済性、環境性、社会性の観点から社会に価値を与える企業が21世紀に持続的に存在していくことができると主張したものです。この考え方は多くの支持を集めることとなります。
これは大企業だけではなく、中小企業においても同様です。CSRに取り組むことがリスク・マネジメントや人的資源の確保、ブランド価値形成など、企業の競争力強化につながっていくからです。ステークホルダーからの要求が強くなっていることもあるでしょう。中小企業は地域の声を反映させやすく、大企業では目が届かず、中小企業だからこそ取り組める社会課題も多く存在しています。
【Tips】企業の持続的な成長を目指すCSR(企業の社会的責任)は中小企業においても重要な要素であり、企業の競争力強化につながっていくものです。
行動へ結びつけるためのコミュニケーション
多くの企業が取り組んでいるCSRですが、本業とは別格視され、おざなりになっていたり、お題目だけで終わったりするケースもあります
社会的に重要な活動として、交通安全に取り組む組織も少なくありません。CSRとしてはある意味一般的で基本的な、交通安全啓発を例に述べていきます。
交通事故は毎日全国で起きている深刻な問題です。交通事故防止の広報は数多くあります。官公庁だけではなく、自動車を生産するメーカー、自動車をビジネスで活用する運輸関連の企業が主体ですが一般の企業が関わることもあります。
ただ、CSR関連の広告で目立つのは、お題目のみにとどまる事例が多いことです。「環境をきれいに保ちましょう」「トイレはきれいに使いましょう」等々。これらのスローガンを浸透させることも確かに重要です。でもいつまでもそこに留まっていても問題は解決しません。CSRの活動には手間もかかるので、本音はスローガンを叫ぶだけで終わらせたい企業もあるのかもしれませんが。
CSRの目標を達成するには、小さいことでも行動の積み重ねていくことが大切です。行動することで効果も積み重なっていくのです。
現状は、ただメッセージを伝えるだけで、実効性に乏しいものが少なくありません。
伝えられはするが効果の乏しいものが多いのです。端的に言えば、行動変容を期待しえないものがほとんどであるということです。本業ではなく、CSRなのだから現状を変えられなくてもいいというのは思考停止です。CSRに基づく広報活動である「CSR広告」にフォーカスして、その表現をもとに、どうすれば行動喚起につながるのかを考えてみます。
交通安全関連の広報で目立つのは法規制の順守を求める内容やマナーを守るべきとするものです。「横断歩道を渡ろうとする人がいるときは、車を停止させましょう」というメッセージをどう浸透させるかをクライアントから求められました。今でこそ横断しようとする歩行者に配慮するドライバーは増えているようですが、当時の意識はもっと低いものでした。実はこれは当時からマナー広告ではありません。渡ろうとする人がいるときに車を停めることは法的な義務なのです。多くの車は横断歩道でスピードを落とさないので、皆免許取得のための講習で、これが法的義務と知り驚くのです。これほど守られていない法律も珍しいといえるでしょう。
今までの広告事例は「心のゆとりを持って運転しましょう」、「横断歩道では注意深い運転をしましょう」などのほとんど2パターン。警察による検挙の場合、多くのドライバーは「急いでいたので」「横断歩道を渡ろうとする人に気づかなかった」と答えるからなのです。ただ多くの企業や自治体がこの問題を何度広報しても事態はほとんど変わっていきません。これだけ広告して変わらないのであれば、この広告メッセージの意味も疑われてきます。
行動へ結びつけるための仕掛けはいろいろあるでしょうが、今回は法規を守らないドライバーのパーセプションを考慮しました。パーセプションは時として、外部には表れてこない意外な考えのこともあります。グループインタビュー等を活用して、どうして多くのドライバーが横断歩道で停止しないのか考えていきました。「面倒くさいから」という声が数多く上がってきました。もしそうであれば、今まで「心のゆとりを持って」や「注意深い運転を」と何度広報しても効かないわけです。一時停止違反で検挙されたとき「停止するのが面倒なので」と警察に答えた場合、怒られるのは確実でしょう。警察に本音を話せない事例の一つでパーセプションが把握しにくい案件なのです。
このような事情であれば、横断歩道で停止してもらうためのモチベーションを高める必要があります。ソリューションの方向性はいくつかあるでしょう。小学生が「僕らのために止まってくれてありがとう」と答えている笑顔の広告もいいかもしれません。交通量の多い横断歩道ではお礼の音声を入れたデジタルサイネージを導入するなどの施策もありえます。
行動へ結びつけるためのコミュニケーションとはどのようなものでしょうか。「飲酒運転はやめましょう」。言われなくても誰しもがわかっていることです。対象者の心に刺さる表現をしなければなりません。「自分ごと」として意識させる必要があります。より難しいのは、犯罪というほどのものと感じられず(実際には法規違反であっても)、実行するのが面倒と感じられる行為の防止です。CSR関連の広告では多い案件です。行動したくなるための仕掛けを考えるべきなのです。
【Tips】「自分ごと」として行動へ結びつける意識づけが大切。
現状を変えるための仕掛けを
今回は交通法令順守という、大切なことながらなかなか守られていない事案に対する広報施策を考えてきました。他のCSR事案にも共通して言える要素が多くあります。「環境を守りましょう」と呼び掛けるだけでは、現状はなかなか変わらないものです
では、どういうCSR広告の表現が行動喚起につながるのでしょうか。
対応施策としては以下の3点が有効と考えられます。
①その行為に対して「感謝」を示す仕掛けを作ります。公衆トイレによく表示される「きれいに使ってくれてありがとうございます」は一定程度の効果を示していると言われています。心理学的には、感謝訴求が迷惑訴求、罰則訴求を上回るとされます。日本人は感謝欲求が高い特性を持つ民族と考えられています。道路を渡る小学生のお礼の声を広告で表示する方が法律順守の呼びかけよりも心に響きます。
②個人や企業に行為実行を「宣言」させます。約束を破ったことによる制裁が科されるわけではありませんが、心理的には無視しにくいものとなります。かなり昔の事例ですが、1970年代にライオンは、歯磨きは朝にするものという習慣が支配的だった時代に「夜の歯磨き宣言」をラジオCMの形式でシリーズ放送しました。「夜の歯磨き宣言、150人目」とコールされた後、タレントではない一般の人が「今日から夜にも歯磨きをします」と発言するものでした。法律順守やマナーの呼びかけを広報することも大事なのですが、対象層を行為の主体と位置付けて行動することも考えてみましょう。
③メーカーや業界団体を運動に巻き込んでいきます。自動車メーカーや運輸関連等の業界団体と連携して施策を進めることを考えます。1社だけのCSR活動は単発では拡散しにくい側面があります。多くの関連企業と連携することを考えましょう。企業評価の向上施策にもつながり(レピュテーション効果)、運動が拡大していく効果が期待できます。
【Tips】呼びかけだけに終わるのではなく、現状を変える仕掛けをしていく。
まとめ
当たり前のことですが、CSR広告の表現で忘れていけないのは、それが「企業の社会的責任」だ、ということです。いかに高邁な理念を伝えても実効性がなければ企業の責任を果たしたとは言えません。高邁だからこそ、行動に結び付ける広報が重要なのです。中小企業においてもCSRに取り組む事例が増えています。今までは呼びかけだけに終わっていたこともあるでしょう。でも今後は実際の行動へとつながり、現状を変更していく活動を意識していきましょう。