令和4年度に、筆者は埼玉県美里町で地域ブランディングのサポートをしました。その際に得た知見を述べさせていただきたいと思います。美里町は埼玉県北の小さな町で、知名度が高いとは言えない地域です。この町で全国へ訴求できるもの探しをしてきました。周囲からは、全国区の優れたモノ探しは難しいのではないかと言われました。役場職員のやる気は感じられますが、日ごろ接する町民の方々からは地元を卑下する声も聞かれました。
本庄市など隣接する地域全体で魅力探しをするほうが現実的ではないかという声もありました。確かにその手法も有効です。本庄市の郷土料理として「つみっこ」が時折メディアに取り上げられることがあります。養蚕が盛んだった頃に仕事の合間に食べられた郷土料理です。全国的にはいわゆる「すいとん」と呼ばれる料理に近いのですが、練った小麦粉を「つみとる」ことに名称は由来しています。本庄市に隣接する美里町にもこの郷土料理は存在します。これを共にアピールしていくこともできますが、新聞や雑誌で取材される店舗やテレビ番組のロケ地は人口が多く、新幹線駅もあって交通至便な本庄市に多く集まることが予想され、地域全体で報じられる場合でも美里町が陰に隠れてしまう可能性もあります。
地域の魅力探しのプロセス
全国へアピールできるモノは有形物でなくてもよいのです。埼玉県熊谷市は、2018年に当時の日本最高気温となる41.1度を記録するなど、「日本一暑い街」として、たびたびメディアに取り上げられ、市もそれをPR材料に使っています。熊谷市は、同様に暑さの国内最高気温を記録したことがある浜松市(静岡県)・四万十市 (高知県)・多治見市(岐阜県)・山形市(山形県)と共に「アツいまちサミット」を開催しています。伊藤園「健康ミネラルむぎ茶」も「アツいまちサミット公式飲料」に認定された2017年から共催として参加しています。夏に気温が高いというファクトはネガティブにとらえられることもありますが、暑い時期にあえてこの街に来て、かき氷を食べる行為が報じられるなど、賑わいを呼ぶ要因ともなっています。
このように個性付けとなる事象がうまく見つけられれば良いのですが、すぐ見つかるケースは、むしろ稀です。茨城県古河市で地域ブランディングのお手伝いをすることになり、市役所を訪問した際に、職員から「促成栽培が盛んな土地で、首都圏への距離も近いことから市の産物が多く東京のスーパーに並べられています。空気もきれいですし、野菜や果物がおいしい土地なんです」と強調されていました。素晴らしい特性ではありますが、それは古河市だけではなく、他にも多くの地域が該当しそうです。パンフレットをめくると市の位置は関東の中心に位置するという記述がありました。関東の中心という地理的特徴はこの市だけの特性です。「関東ド・マンナカ」宣言の式典、さらに「関東ド・マンナカ祭り」の実施を提案しました。日経全国版やテレビ東京「アド街ック天国」でも報じられ、大きな反響を呼びました。これは訪問初日で見つけ出した特性ですが、普通はまずこんな簡単に進みません。
【Tips】 全国へアピールする素材探しは多様な視点で。有形物でなくてもよい。
「縦の(歴史的)視点での掘り起こし」とは
熊本県宇城市の地域ブランディングを担当した際、地域外へ発信できる素材探しに1年かけました。市民のワークショップを月に1回行いました。最初は田舎としての住みやすさや野菜・果物の美味しさなど、どの地域でも言えるものしか上がってこなかったのですが、半年以上たったワークショップで50代の方から歴史的なエピソードが上がってきました。「火の国」という熊本県の有名なキャッチフレーズ。誰しも阿蘇の雄大な火山の風景を思い浮かべるでしょう。熊本を紹介する映像で、このフレーズと共に阿蘇山が映されることが多く、演歌歌手のCDジャケットなどの風景としてもよくつかわれています。ワークショップに参加していたその男性は、この「火」はそのようなエネルギッシュなものではないと言います。古代、夜の海に浮かぶ舟に乗る景行天皇を陸地に導いた幽玄な火が語源と説明されました。上陸した陸地が現在の宇城市の海岸とのことです。このエピソードは県庁職員も含め、ほとんどの方が知らないことでした。いつの間にか「火の国」を南国の地らしい活発なイメージと結びつけているのです。長い時間をかけて意味が変わってきています。そのこと自体、悪いわけではありません。しかし、その史実を有する宇城市にとってはアピールするべき資産と考えました。どの地域であっても今に至るまでの歴史を有する以上、個性的でユニークな個性が埋もれている可能性は大きいのです。
古河市の例外的なケースを除くと、地域の個性探しのためには、まず街を歩きます。そして、幅広い層の住民とお話をします。とりわけお年寄りは、誰も知らない、また忘れられようとしている興味深い事実を有している可能性があります。図書館に籠って市史(町史)、歴史の書物、民話集を読み込みます。
自治体のみではなく、企業にも言えることです。中小企業の経営者からもブランディングのご相談を受けることが増えています。どのような小さな企業であっても今に至るまでの歴史を紡いでいるのです。社長や役員、さらには先代社長からじっくりとヒアリングして、企業特有の個性を探り当てていきます。企業の製品特性を深堀することが多いと思いますが、歴史にも目を向けることをお勧めします。
【Tips】 現在まで積み重なる歴史は有力な資産
縦の(歴史的)視点の探索実践
奈良県御所市
かつて奈良県御所市に特別参与として2年間勤務しました。大阪の通勤圏となっている小さな市という印象を持たれている地域です。赴任してすぐに御所市の魅力探しを始めました。もちろん魅力は多いのですが、他のどの街にもない個性的なものはなかなか見つかりません。赴任して約1年半たったころ、ネットで企業の広告事例を検索していたときに紀文食品のおせち広告に目が止まりました。お正月とは、年神様をお迎えする行事であることを記されています。おせちのほかに、お年玉や鏡餅などお正月の習慣も元は年神様に関係するものです。習慣は今も残っているのですが、由来は忘れ去られている状態です。御所市にある葛木御歳神社がお年玉の慣習が始まった神社、とされています。年神様を祀る神社は全国的にも貴重な存在です。しかも歴史的に注目されるエピソードもあります。
そこで、お正月の存在を改めてアピールするムーブメントを作れないかと考えました。日本人は無宗教が多いと言われますが、クリスマスはキリストの誕生日(と言われていた)日であることを知らない人はいないでしょう。バレンタインデーもキリスト教の聖者に由来する日であることは多くの人が知っています。でもお正月をなぜ祝うのか、その由来を知る人はほとんどいないのです。ヒアリングをしても「1年で最初の日だから」「古来の行事だから」と極めてあいまいな回答ばかりです。時代の推移で仕方がない面もありますが、年神様を祀る神社を持つ奈良県の住民は(クリスマスのように)その由来を知っていてもいいのではないかと考え、御所市勤務時に市役所HPにリンクしていたブログに以下のように(*1)書きました。「西洋由来の祭事もクリスマスやハロウィーンなど、日本に定着しているが、これらは純粋に楽しむ行為に特化している。これに対して、正月行事は、日本国内における長い歴史を備えたものであることは、国民感情として共有されており、元日を中心に国中が一斉に長期の休暇となるために、メディアもその由来を繰り返し伝える機会を持つ。ただ、その由来の源流が奈良県にあることは、地元においても忘れ去られた状態にあるので、今一度喚起を望んでいる。」解釈によっては、正月行事の由来が忘れられているのは奈良県の責任であるようにも読めます(実際、そのような意味も込めました)このブログの文章(の一部)が新聞のコラムに転載され、奈良県庁を含め、各方面から大きな反響を呼びました。
通常、あまりPRされていないものであっても奈良県御所市には全国に発信すべきユニークな素材があったのです。それは歴史的視点を加味した角度から眺めて得られたものです。名所や特産物、グルメなどをPRする自治体は多いのですが、うまくいかない事例も少なくありません。地理的特性に目をつける地域は多くあります。視点を変えて、歴史という縦の糸で探ってみることをお勧めします。
【Tips】 歴史的視点という縦の視点で探索してみる
埼玉県美里町
埼玉県美里町でアドバイザーを務めていたときもいろいろな側面から検討してみました。日照時間が長い特性を生かした質の高いブルーベリーの産地として知られる町です。観光農園として人を多く集めている農場もあります。PR戦略によっては、さらなる拡大も期待できるとみています。ただ、長野、東京、群馬なども生産量が多く、売り上げ拡大に努めているので、これらの産地との競争になります。美里の特性を訴求できる素材がないか、歴史的視点から掘ってみようと考えました。
図書館に籠って町史や近隣地域を含めたガイドマップ、地域の民話集などをめくってみました。ローカル線である八高線など面白い素材もあります。英文学者の吉田健一(*2)は八高線が好きで、何度も列車に乗って近隣の地域まで来ているようです。ただ、さらに目を惹く地域の民話がありました。町内には以前、「銭洗い淵」と呼ばれる場所があり、そこでお金を洗うと何倍にもなって返ってくるという内容でした。鎌倉には銭洗い弁天があり、全国的な観光スポットになっています。似たエピソードですが、川でお金を洗うという行為は独特で、よりダイナミックにも感じました。
この裏付けを取ろうとしましたが難航しました。以前このような習慣があったと記載されてはいるのですが、それを知る住民がいないのです。民話集には言い伝えが書かれているのですが、その習慣は昭和時代にはすでに廃れていたのではないかと推測しました。
町役場を通して町内のお年寄りに聞いてもわかる人はいません。あきらめかけていたところ、町内の酒造店さんが顧客である90代の男性を紹介してくれました。その男性に聞くと銭洗い渕のお話に関して、自分は体験していないが、確かに聞いたことがあると答えくれました。銭洗い淵の場所も知っていました。伝聞であることからすると、この習慣は大正時代、あるいはもっと前に廃れてしまっているようです。町役場の紹介で、さらに80代の男性にもお会いしたのですが、その方も銭洗い淵をご存知でした。ただ、その男性も自分では体験したことはなく、幼少時代に近所の中年女性から聞いたエピソードだとのことでした。銭洗い淵が町内にあったことは間違いありません。この話は、相当高齢な方でなければ知らないようで、あと何年かすると聞くチャンスはなかったかもしれません。町にとっても非常に貴重な探索だったと思います。何らかの形で観光資源にできないかと考えているところです。
【Tips】 縦の(歴史的)視点による探索は地道な努力も必要
まとめ
地域の魅力掘り起こしのために多くの自治体が全国に発信できる素材探しをしていますが苦闘している場合も多いようです。地域の名所や特産物、グルメ素材探しのために、重点的に思考していた地理的な横目線だけでなく、歴史的な縦目線での検討を加えてみましょう。その地域が今に至るまで続いてきたことには、必ず理由があるはずです。そこに他の地域へ向けて発信できる原石が眠っているかもしれません。自治体だけではなく、企業にとっても同様です。普段、歴史に目を向けることは少ないかもしれません。でも、周年行事の時などに社史を編纂し、過去に目を向けることも大切です。その過程で自社の特性、独自の強みが見えてくるかもしれません。それが自社のブランディングにもつながっていくのです。
*1 奈良県御所市スペシャル滞在録 by特別参与 2017年12月07日「いまもお正月に深く関わる年神様伝説~お年玉、鏡餅、おせち料理、お雑煮、門松の由来」 (seesaa.net)
http://gosesp.seesaa.net/archives/20171207-1.html
*2 『汽車旅の酒』(2015年、中公文庫)に八高線に乗って沿線の旅館に宿泊した記述がある。