2020年以降の新型コロナウイルスの流行は、世界中の医療機関の診療体制に大きな影響を与え、日本国内でもその影響の大きさは記憶に新しいところです。同時に医薬品業界にも大きなインパクトがありました。この時期に起こったことは、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが5類感染症に移行になった後でも影響を及ぼしています。その影響は、医療に携わる医師や看護師などの医療業務従事者や医薬品業界の企業で働く人を中心に、周辺の業界にも及んでいますが、本稿ではその中でもビジネスの側面、特に医薬品や医療機関のマーケティングにどのような変化が起きたのかということを中心に見ていきたいと思います。
医薬品のマーケティングについて
検査キット/検査薬の市場
新型コロナウイルスの流行が始まって間もない2020年頃には、検査数の少なさが問題とされることが多くありました。流行の当初は無料の検査所も少なく、また自宅で検査を可能とするような検査キットも市場には出回っていませんでした。「緊急事態宣言」が発せられ、外出自粛要請のようなメッセージが強く出されていたときには、海外旅行はもとより日本国内の旅行者数も激減し、多くの人が自宅とその周辺で生活していました。しかし、それでは経済が停滞してしまうという考えのもと、一定の条件を満たすことを要件に、何らかの活動を認めるといったことが増えてきました。この際の「一定の条件」の中に、新型コロナウイルスの陰性証明書の提出をすることといった項目が含まれていることが多くなり、手軽で安価でかつ迅速に検査を可能とすることへのニーズが高まってきました。例えば、イベントへの参加の際に陰性証明書の提出を求められたり、海外に渡航する際にも渡航先の国によっては入国審査の際に陰性証明書の提出を入国の条件としたりする国も多くなっていました。
このようなニーズへの対応として、行政による無料のPCR検査所も増加し、また薬局で手軽に購入できる抗原検査キットなどもさまざまな製品が登場しました。
しかし、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが5類感染症に移行したことにより、イベントへの参加や海外への渡航の際にも陰性証明書の提出が求められることは少なくなってきました。その結果として検査キットや検査薬のニーズが激減したため、コロナ禍の期間中に一時的に売り上げを増大させていた製薬メーカーの中には事業計画の大幅な見直しを余儀なくされるところも出てきました。大手メーカーにおいては、検査キット/検査薬以外の製品の売上で事業を維持することが可能なところも多くありましたが、比較的新興のメーカーにおいては、抜本的な製品戦略の変更を行ったところもあります。
その例としては、検査キット/検査薬の提供を通じて得られた膨大なデータを活用した新規事業を開始した企業があります。取得されたデータのなかから個人情報にあたらない部分を活用して、検査の精度を上げるための技術改善に活用したり、感染者数の予測に活用したりといったサービスを行うビジネスです。また、このようなサービスに付随してオンラインの医療情報の提供を始めた製薬ベンチャー企業もあります。
さらに、新型コロナウイルスの検査キット/検査薬を提供する際に構築した薬局や医師とのネットワークを活用し、新型コロナウイルス以外の感染症の検査キット/検査薬の販売にビジネスをシフトした企業もあります。
このように、新型コロナウイルスへの対応で得たノウハウやネットワークを活用して、他のビジネスを行うことで事業の継続を可能にすることが、製薬業界におけるコロナ後の生き残り戦略の一つとなっています。
MRの変化
医薬品のマーケティングでは、MR(Medical Representative)の存在がとても重要です。MRの主な役割は医薬品の品質、有効性、安全性などに関する情報の提供、収集、伝達を主な業務として行うことで、そのために医師とのコミュニケーションが重要となります。しかし、新型コロナウイルスの流行期間中にリアルでの訪問が制限されることになり、医師との接触の機会が大幅に減ることとなりました。
このときに活用されるようになったのが、医師向けのオンラインでの情報提供サービスでした。もともとMRが行っていた業務の一部をオンラインで提供することで、MRが直接訪問しなくても一定の情報が提供されるようになりました。新型コロナウイルスの流行以前からMRによる直接訪問に代わる効率的な情報提供の仕組みへのニーズがあったところ、そのニーズが強くなるきっかけが生じたため、一気にオンラインでの情報提供システムの導入が進みました。
ただ、医師からの一方的な情報検索だけでは医師が必要としている情報に効率的にたどり着けない場合も多々あります。そのようなときにはMRの持っている情報が必要になります。この場合もMRが直接訪問することができなかった期間中に、従来からの担当MRと直接オンラインでコンタクトして情報収集を得られるようにしたり、担当MRが提供する情報が見られる機能を付加したりするなどの工夫がなされました。また、情報提供サイトの作成にはMRの意見が多く反映され、従来からのMRの知見が活用されていました。
このように、従来型の販売方法で得られたノウハウやネットワークを活用することが新しい時代に対応するための施策として有効だったことが分かり、アフターコロナの時代においても、このようなシステムが引き続き活用されることとなりました。
【Tips】
・コロナ以前のノウハウやネットワークはコロナ期間中でも有効だった
・新型コロナ期間中に開発されたシステムは、アフターコロナの時代においても有効に活用することができる
医療業界のマーケティングについて
医療DX時代への対応
現在、日本政府は医療DXの導入を加速しようとしています。オンライン診療、オンライン資格確認、データ提出加算、リフィル処方箋といったようなものが今後の医療機関に対応が求められるようになります。また電子カルテの普及も進みつつあり、これも医療DXの一環といえます。
このような時代においては、デジタル投資への対応が遅れることは病院経営において大きな問題となります。病院もウェブサイトを持つことは当然のこととなり、一般の企業と同様にSNSのアカウントを持ち、オンライン診療やネット予約、Web問診、お知らせなどのメニューをつくって、各種デジタルツールと組み合わせるといったことが必要となります。
それに従って、このような医療DXへの対応が可能な病院が求められるようになります。特に人口減少が進む地方の病院においては、中小規模の病院が多いこともあいまって、デジタル投資が遅れる可能性もあり、医療業界のDX対応のサポートを行うサービスのニーズが高まることが想定されます。
個々の医師の知見の活用
現代の病院では最新の医療機器を備えていることが重要で、どれだけ最新の医療設備が整っているかを基準として受診する病院を決める患者も増えています。しかし、そのような時代でも、医師の能力が重要なのは言うまでもありません。にもかかわらず、医療の現場で働く医師は多忙な日々の業務に追われ、知識のアップデートや最新情報の収集が困難な状況にあります。これは、医師という医療現場の最先端での情報を持っている貴重な存在に活躍してもらう機会が失われているということを意味します。
このような医師の個々の持つ情報を活用できる場として、医師同士が情報を交換し合えるサイトのサービスを提供する企業が現れてきました。また、同時に、かかりつけ医として担当している患者のみならず、一般の人の健康不安や医療に関する質問を可能にするプラットフォームサービスも出てきました。
その一例として「アスクドクターズ」というサービスがあります。このサイトは、一般の人が医師に質問をし、それに対して知見を持つ複数の医師がオンライン上で回答をするというサービスです。無料メニューでは見られる回答数が限られていますが、有料メニューだと多くの回答が見られるようになっています。このサービスが存在することで、医師が持っている情報が幅広く活用されることとなり、セカンドオピニオンを得ることへのハードルも下げることができます。
このように、医師個人の活躍の場もデジタル化によって増えることとなり、医師と患者の双方にとって有効なものとなっていることが分かります。
【Tips】
・病院の経営においてもDXはキーワード
・医師の活躍の場もデジタルによって拡大する
まとめ
コロナ後の医薬品市場や医療業界においては、製品のマーケティングや病院経営にあたってデジタル化の推進が重要となっています。これはその他の業界と同様です。コロナ禍の期間中に起こった様々な変化は、その後のアフターコロナの時代にも影響をもたらしました。当該業界のマーケティングに携わる担当者の方々には、これらの点を意識していただくことが重要だと思われます。